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テネシ−大学高分子化学&工学分野の研究活動

 

J.E.Spruiell教授、テネシ−大学材料工学科主任教授  

         金井俊孝 訳

テネシ−大学はアメリカの東南部に位置し、アトランタから北西に車で4 時間ほどのノックスビル市にある。この町の人口は約18万人で、そのうち学生、教職員が3 万人強を占める、大学を中心とした町である。また、この町は、世界大恐慌の時、ル−ズベルト大統領が国家的大事業としてテネシ−川流域の統合治水事業を行ったTVA (Tennessee ValleyAuthorities) の根拠地でもある。

緯度は東京とほぼ同じで、気候は温暖、東にアパラチア山脈のスモ−キ−マウンテン国立公園があり、町の周囲には川幅の広いテネシ−川が流れ、また多くの湖に囲まれ、非常に風光明媚なところである。アメリカ南部の小都市であり、治安に関しても問題のない住みやすい町である。

私( 金井) は、1981年から1983年の2年3ケ月の間、テネシ−大学の当時の高分子工学科にフィルム成形加工の研究で留学していたが、その頃は高分子物性や成形加工の研究が活発に行われていた。今年の8月末、テネシ−大学を訪問し、材料工学科の主任教授であるSpruiell教授に、最近の研究活動の紹介および新設の研究棟を含めた全研究センタ−内の案内をしていただいた。Spruiell教授の筆によるテネシ−大学の高分子研究を中心とした活動内容を以下に紹介したい。

 

はじめに

テネシ−州立大学ノックスビル校(UTK) は、アメリカ合衆国の最も古い高等教育機関の一つで、その起源は1794年にさかのぼる。当時、テネシ−州は連邦領で、二年後に州になったが、その連邦領の知事である William Blount に敬意を表して、Blount大学と名付けられた。1879年に州の立法機関により、新しくテネシ−州立大学と改称された。現在、テネシ−州立大学ノックスビル校は、26000 人の学生と300 以上の学位を授与する大学となっている。

UTK の高分子工学科は、1967年にJames L.White 教授が化学工学科教授に就任後、高分子工学および高分子化学分野の教授に呼びかけて新しく組織された。設立当初には、レオロジ−や高分子の構造解析で有名なD.C.Bogue 教授やJ.E.Spruiell教授がいた。高分子工学科の学位は、1975年に正式に承認され、E.S.Clark 教授とJ.F.Fellers 教授が新たに加わった。

1983年にアクロン大学で高分子工学科を設立するため、White 教授がテネシ−大学を去った後、高分子工学科は金属工学科と統合し、現在の材料工学科に新しく名称変更された。UTK の高分子化学& 工学は、一つの研究分野にとどまらず、化学、機械工学、材料工学および繊維化学の四つ分野に分かれており、また、二つの主要な研究センタ−を有している。その二つのセンタ−とは、材料工学センタ−と繊維&不織布開発センタ−である。材料工学センタ−は、高分子だけでなく金属およびセラミック等、すべての材料の加工をカバ−するテネシ−州/産業サポ−トセンタ−となっている。

 繊維&不織布開発センタ−(TANDEC) は、合成樹脂を原料としてメルトブロ−やスパンボンドなどのプロセスによって製造された不織布に重点を置いた研究を行っている。このセンタ−はエクソン化学を代表とする多くの不織布メ−カ−や州政府によってサポ−トされている。

 

主な研究エリア

表1 は主要な教職員とその研究分野を簡潔にまとめたものであり、UTK のプログラムは4 つから成り立っている。それは、(1) 高分子形態学、結晶学 (2)高分子加工 (3) 高分子ブレンドと複合材料(4) 不織布 の4 つである。                           

これらのプログラムは相互に関係している部分もある。例えば、不織布または高分子加工に分類されるメルトブロ−およびスパンボンド不織布の加工研究などである。研究の分野の中から、現在進行中の研究のいくつかを簡単に紹介したい。

 

高分子形態学と結晶学

Bemhard Wunderlich教授と数人の博士号を有する研究スタッフや大学院生からなる研究グル−プは、線状高分子の固体状態の研究をしている。

 研究内容は、構造解析、モルフォロジ−、マクロなコンフォメ−ションやその動き、熱力学と機械的特性などである。特に興味をひくのは、高分子の微細な相構造(nanophases)と中間相( 液晶、プラスチックの結晶、立体配置的に不規則な結晶) の研究である。この研究において、鍵を握るのは、熱量測定(温度制御可能なDSC、断熱熱量測定と原子間力顕微鏡−チップ温度の変調に基づいた微量熱量測定など)をベ−スとした機器である。

さらには、固体NMR 、原子間力顕微鏡、単分子分析、X 線回折技術がある。数学的モデルは、非可逆熱力学と分子力学シミュレ−ションを使って開発されている。また、オ−クリッジの国立研究所の高分子グル−プ(Noidh博士、Sumpter 博士、Habenshuss博士,Annis博士) や世界中の多くの研究者(B.V.Lebedev,Nishny Novgorod大学 ,ロシア; H.Bu,Fudan大学、中国; H.Baur BASF,ドイツ; Kreitmeier博士 Regensburg大学, ドイツ) らとの共同研究が行われている。

新しい研究開発の内容は、

1)高分子中のナノメ−タ−レベルの相分離の研究( 過去8 年間に渡る)

2)2000年に向けて、高分子材料の熱容量のデ−タバンクATHAS の更新。インタ−ネットに

 よる簡単なアクセスへの変更も含む。

3)生体高分子を含む新しい高分子の解析

4)温度調節熱量計とマイクロ熱量計、後者は1 μm以下の解像度を有する

Paul Phillips 教授は、20年以上に渡って高分子のモルフォルジ−と結晶化を制御する分子ファクタ−の研究をしている。彼は、結晶化過程における高圧力下の影響を広範囲に渡って研究をしている。 最近の研究は、アイソタクチックポリプロピレンのモルフォロジ−、フェ−ズ安定性、結晶化動力学、低密度オクテン共重合ポリエチレン (LLDPEs) の平衡融点とモルフォロジ−の観察、およびナイロン6 のランダム共重合ポリマ−の結晶化における高圧力下の影響などに関するものである。

新しい技術として、Spruiell教授と学生らは冷却速度約5000℃/minでの高分子の結晶化動力学の研究をしている。これは通常のDSC を使って測定できる最大の冷却速度より2 オ−ダ−速い速度である。

この技術は、脱偏光顕微鏡を使用しているが、サンプルの温度を急速に変化でき、また注意深く観察できるようになっており、現在、多くの加工条件で重要な冷却条件の下での結晶化を調べる手掛かりとして多くの高分子に適用されている。

高分子材料として、ホモおよび共重合ポリプロピレン、高密度ポリエチレン、ナイロン6 、66、脂肪酸ポリケトン(Shell's Carillon 樹脂) などを検討している。

 

高分子加工

この分野の研究活動は、繊維& フィルム成形から不織布の成形、さらには、反応器、押出機ラインや他のプロセスのオンライン計測技術に及んでいる。後者の研究は、 Marion Hansen教授によって進められている。彼の研究グル−プは、化学及び重合過程のインライン計測技術を開発することを目的にしている。最終的には、高度な分光分析法を駆使し、フィ−ドバック制御ができる分子ベ−スのインラインプロセス計測を開発することである。

過去10年間において、この研究は重合反応器と押出機に直接据えつけることができる光ファイバ−プロ−ブの生産に寄与してきた。これらのプロ−ブは、最大の温度325 ℃、圧力2000psi でも操作できる。この成果は、クロ−ズル−プフィ−ドバック制御により、共重体を製造する際の共重合体比を制御する商業用の重合体反応器に活用されている。

現在の研究プロジェクトは、

(1) 溶融樹脂流動過程の高分子添加剤の紫外線インライン光ファイバ−分光測定

(2) 溶融樹脂流動過程の高分子組成物とレオロジ−関係の近赤外インライン光ファイバ−  分光測定

(3) 溶融樹脂流動過程の高分子組成物とレオロジ−関係のインライン分極ラマン分光測定

(4) バッチエマルジョン重合のインライン光ファイバ−ラマン分光測定

(5) 溶融樹脂流動過程の高分子組成とレオロジ−関数のインライン光ファイバ−の近赤外

偏光分光測定

Spruiell教授は繊維とフィルムの成形におけるオンライン構造形成に関する研究で著名な研究者の一人である。彼の研究は、成形加工条件と成形品の構造と物性に関する研究に重点が置かれている。最近の研究活動は、インフレ−ションフィルム成形過程の理論解析や、チ−グラナッタ触媒とメタロセン触媒ポリプロピレンの加工- 構造- 物性の関係の比較について詳細な研究である。この後者の研究は、融点、結晶化、溶融紡糸や不織布の成形過程の両者の成形性や物性の差やその差の生じる原因究明を目的としている。

 他の最新の研究は次のような内容である。

(1) ポリL-乳酸の高速紡糸の研究

(2) ポリケトン樹脂の溶融紡糸と延伸の研究

ポリL-乳酸は、再生可能な資源( コ−ン) から作られており、生分解性が重要とされる分野に応用できるポテンシャルを持っている。ポリケトンの研究は、高張力高弾性率繊維の製造、および射出成形のような成形過程での結晶化過程を理解することに重点を置いた研究がなされている。

R.R.Bresee教授とM.W.Milligan教授は、チ−ムを組んでメルトブロ−のウェブで問題となるshot形成のメカニズム、発生原因の究明について検討している。メルトブロ−のウェブは非常に細いフィラメント( 主に直径が1-5 μm)を製造する押出成形であり、ノズルから押し出された溶融樹脂が高速熱風により細化し、回収装置の上にウェブが堆積する。 shot とはメルトブロ−のウェブの中に時々存在する非繊維状の塊部分を意味している。 Bresee 教授は、コンピュ−タ−ベ−スの定量的な顕微鏡技術を開発し、shotのサイズ、形、数およびウェブの中の位置を特定する研究をしている。

  Milligan 教授は、メルトブロ−ウェブ形成の動力学、および高速写真あるいは高速ビデオ技術によるウェブ形成過程におけるshot形成のオンライン評価の研究をしている。

最後に述べるUTK の高分子加工研究の研究例として、J.F.Fellers 教授は繊維強化熱可塑性複合材料を製造する新規な方法を開発している。彼は、マトリックスの中に樹脂含浸ガラス繊維を連続的に配置させるプロセスに関して特許を取得している。これにより、3 点曲げテストで5000psi 以上の曲げ強度を有する補強セメント構造が生み出された。 "rebar" 補強コンクリ−トの曲げ強さの通常の値は500-1000psi の範囲である。

 

ポリマ−ブレンドおよび複合材料                         

 ポリマ−ブレンドの研究は、Mark Dadmum 教授とRoberto Beusom教授によって行われている。Dadmum教授は6 名の大学院学生と1 名の博士号取得の研究員と一緒にポリマ−ブレンドの研究を行っている。一つのプロジェクトは、種々な構造の共重合体による非相容ポリマ−ブレンド物の界面の改良や水素結合の利用による非晶性と液晶ポリマ−(LCP) の相容化によって、ポリマ−ブレンドの材料特性がどのように最適化されるかについての研究を行っている。水素結合があるモノマ−とないモノマ−を共重合させた非晶性ポリマ−を利用することにより、系統的に水素結合量を変化させている。この共重合体の構成を変えることによって、分子間水素結合の量が変えられる。

他のプロジェクトは、界面の相溶化剤として作用する共重合体を用いて、非相容ポリマ−ブレンドの2 相界面を強化する研究をしている。ブレンド物の中にこの共重合体を入れることで、2 つのホモポリマ−間に相互作用を生み出す。加工中にリビングフリ−ラジカル重合や反応重合を利用することによる新規な共重合体を付加する方法である。 

また、もう一つの研究はポリマ−ブレンドやポリマ−溶液中の剪断によって生み出される構造を決定するための顕微鏡や光散乱の利用である。

高分子複合材料の研究は、主に次のような分野について行っている(a) 成形加工の解析、プロセスのモデル化とディメンション制御のための加工の最適化(b) 複合材の耐久性

(c) ファイバ−マトリックス界面の力学

(d) 構成式によるモデル化

(e) 室温、高温、超低温下の機械的特性

(f) 複合材の損傷、破壊のメカニズム

この研究は、Madhu Madhukar教授、Jack Weitsman 教授、Roberto Benson教授らと前述したFellers 教授によって行われている。

熱硬化性複合材料の硬化過程中、材料の体積は含浸されている繊維中の硬化誘起応力の発達によって膨張と収縮の両方に大きな変化が生じる。

この応力は、複合材、繊維の波立ち、マトリックスのマイクロクラックなど寸法制御を困難にする。そこで、この誘起応力を最小にするための最適な硬化サイクルを決定する方法が研究されている。この技術は、多くの航空材料に応用され、応力を約20% 低減する硬化サイクルの改良が可能であることで実証されている。

最近の研究は、高温あるいは超低温下での界面特性の研究で一般に使用されている" 単糸破断法" の改良である。種々な繊維マトリックスを用いた実験から、界面特性は温度に大きく依存した関数であることがわかった。この結果、複合材料の挙動を温度の関数にすることにより優れた予測が可能となった。

また、放射線硬化のような硬化手法の研究や過酷な環境、複雑な応力/時間履歴(疲労)における複合材の耐久性、また" スワ−ルマット" 複合材開発の研究がある。スワ−ルマット材は反応型射出ポリウレタンをマトリックスにする繊維強化複合材である。繊維はマットの中にランダムに置かれ、その後、マトリックスとなる反応剤によって満たされる。この開発は自動車産業における展開が主なタ−ゲットである。

 

不織布の研究

前述の通り繊維& 不織布開発センタ−(TANDEC)は、UTK キャンパスの中にある。TANDECは、通常の大学キャンパスにはない特別な設備をそろえている。その例として、1m幅のReicofil社製のスパンボント不織布ライン、メルトブロ−ウェブを製造できる3 つのライン、ステ−プルファイバ−ウェブを製造するカ−ド設備、ラボスケ−ルの5 本ロ−ルカレンダ−、不織布ウェブの特性を評価する試験機などがある。TANDECのディレクタ−は、L.C.Wadsworth 教授である。

表1 に示したように数人の教授・助教授が不織布の研究を行っている。不織布研究の主な内容は、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリマ−ブレンドや他の特殊な樹脂を使用し、メルトブロ−やスパンボンド成形における成形- 構造- 物性の関係を検討することである。ポリマ−物性と押出特性、延伸性の関係、ウェブ形成や熱接着条件が研究されている。加工条件や不織布の特性に関する顔料や添加剤の影響についても検討されている。先に述べたようにメルトブロ−の主な研究テ−マの一つに" shot" 形成の原因究明がある。また、熱接着過程の研究は、スパンボンドやステ−プルファイバ−不織布の両方に重要であ

る。これらの研究は、最適な接着温度や不織布強度に関して、単糸の配向や強度を含めた成形加工条件やポリマ−特性の影響を理解することである。

不織布の応用研究についても検討中である。例えばエレクレット、フィルタ−、親水性の改良、染色性、接着性、滅菌やプラズマなど表面処理した不織布等がある。プラズマの研究は、経済的で、且つウェブのオンライン処理が可能な大気プラズマの発生に関するものである。他の重要な研究として合成皮革、医療用途のバリア−織物、伸縮性不織布やポリマ−マトリックス複合材料の不織布などの開発がある。

 

最後に

UTK は、高分子化学&工学の研究を活発に行なっている。研究プログラムは4 つの主な分野を中心に実施されている。

(1) ポリマ−モルフォロジ−と結晶化 例えば、ポリマ−の固体状態

(2) 高分子加工

(3) ポリマ−ブレンドと複合材料

(4) 合成樹脂を原料とした不織布

今後の数年間で現職員の数名が退官することになっており、高分子化学& 工学の研究に従事するエネルギッシュで、かつ積極的な若手の研究者に引き継がれることが、UTK 材料工学にとって非常に重要なことである。

この20年近くの間に日本の多くの化学者やエンジニアがUTK を卒業、あるいは客員研究員として研究している。我々UTK のスタッフは、高分子化学&工学の研究を引き続き活発に、そして、さらなる発展のために、ともに活動してくれる日本人の学生、研究員の参加を大いに歓迎している。

 

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