留学日記

城塞都市ケベックへ

翌日は、古都ケベックに向かう。ケベックは1608年に要塞が築かれて以来、フランス勢力の根拠地で、北米唯一の城塞都市として知られている。町はセント・ローレンス河畔の下町と小高い丘の上にある上町に分かれていて上町は城塞で囲まれた中世の雰囲気を味わえる趣のある町でした。 9月上旬になってましたが、ケベックでは長袖のセーターを着るようになりました(^^;)

小ぢんまりした町で、ゆっくり散歩して見物しましたが、城のようにそびえるシャトー・フロンティナックというホテルは素敵で泊まってみたいなと思ったのですが、郊外のモテルにチェックインしてしまったためかなわず残念。 また行くことがあったら泊まってみたいな。

 

その後、モントリオールまで戻り、レンタカーを返し、シカゴまで飛行機、そこからノックスビルに飛び、私たちの初めてのアメリカ・カナダ旅行は終わりました。アメリカ・カナダの広大な自然を満喫した旅でありましたが、飛行機での移動は荷物等の持ち運びが大変できつかった。(^^;) 次の時はドライブ旅行がしたいな。(^^;)

夏の冒険旅行は これで おしまい

ながなが読んでくださってありがとうm(__)m

留学日記はまだまだ続きます。

 

 

TOSHITAKAの一時帰国

(その1)

TOSHITAKAは留学先の研究室のWhite教授が日本を訪問するということで、急遽同行して日本に帰ることになった。

帰る間際になり、なにやら留学の中間報告をすることになっているらしいという連絡が入り、そのための資料も一部作成することになる。

慌ただしく帰国の準備。約1週間の予定でTOSHITAKAだけ帰ることを実家に連絡。 TOSHITAKAが帰国するのに、TOMOは帰れず寂しそうであった。 往復するだけでも、一人50万円近くかかるので、仕方ないと我慢したらしい(~_~メ)。 すぐに、市のDOWNTOWNにあるAAAの事務所で航空券を購入する。

ノックスビルからアトランタ→ニューヨーク→アンカレッジ経由で成田へ.。研究所のS主任が成田まで迎えに出てくれていた。

とりあえず、千葉の研究所に向かう。研究所ではT所長とK室長に会って留学の報告をした後、翌々日の本社の役員会で留学の中間報告会をやることになっていることを聞く。

社長をはじめ、役員が揃った所で発表することなど考えてもいなかっただけに、びっくり。時差ぼけもなにやら飛んでいってしまった。

それからがたいへんであった。その日に、所長、室長の協力も得て、留学の資料を作成にかかり、留学先の研究テーマ、目的、研究計画および進捗状況を10枚くらいにまとめる。

翌日、東京本社に行ってあいさつ周り。その後、研究所で作成した資料をもとに、本社のA課長、T主任とで役員にもわかり易い資料にまとめ直す。 専門用語を使わずに、かつ いかに高度で重要な研究をやっているかをアピールする資料に再整理。 社長以下、役員全員への報告となると課長もかなり神経を使っていて、結局、資料を作り終わったのが、夜の11時過ぎ。 横浜の実家に帰ると連絡していたのに、家に着いたのは次の日になっていた。(~_~メ)

TOSHITAKAの一時帰国

(その2)

朝、9時からの発表であった。多少、家に帰ってから練習したこともあり、無事発表は終了した。(^○^)

終わってしばらくすると、時差ぼけと睡眠不足、緊張が取れ、急に眠くなってきた。そのまま千葉の研究所に戻り、午後から研究所の所員にもっと専門的な内容の報告をする。その後、横浜の実家に帰る。

 

翌日、White教授が研究所に来所予定日。初めての来所のため、品川のホテルに迎えに行く。昼食の後、2時間の講演会をやっていだだき、その後技術ディスカション開始。通訳は海外経験者がいるにもかかわらず、私がやることになった。他の研究員の質問事項について討論の通訳の難しさを感じる。ほとんど通訳の役目を果たしていない私に、数年の海外経験のあるK氏に結局手助けしてもらって、その場は終わった。

役員会より疲れた2時間に渡る討論だった。上司から英語をもっと努力して訓練しないとダメだぞと忠告される。アメリカに行って7ヶ月も経っているのに、まだろくに話せないことに、自分でも情けなかった。

翌日は研究所の主任や研究員との研究の打合せと研究設備として使用したい非接触の赤外線温度計と使用原料を航空便で、早急に日本から送ってもらう事をお願いする。

これは帰国したことでの大きな成果となり、今後の研究に大いに役立つ事になる。研究所の方の親切な対応に感謝し、やはり研究所の仲間はありがたいものだと実感した。午後、やっと開放され、夕方横浜の実家に帰るゆっくりした。

次の日、慌ただしい日程を終え、今回、一緒に帰国できなかったTOMOの両親にも挨拶し、成田から帰国。一人で残してきたTOMOがなんとなく心配。(^_^;)どうもアメリカが自分の安住の地になっている気がした。

 

その間TOMO

TOSHITAKAの日本への一時帰国に同行できず、一人ぽつんとアパートに残されたTOMOを心配して、いろいろな方が誘ってくれた。(*^_^*)  同じ アパートに住んでいるKさんご夫婦には夕食に招いてもらったり、TOSHITAKAの所属している研究室の日本人の学生さんたちにピクニックに連れていってもらったり、日本から短期にテネシー大学に滞在していたS教授ご夫妻にも面倒をみていただき、TOMOは思ったより楽しい日々を過ごしていた。(^_^;) まぁ、一週間だけだったので、お誘いを受け忙しくしているうちに、あっという間に過ぎてしまい、TOSHITAKAの日本での苦労話を、ふんふんと呑気に聞いたのでした(^_^;)

ちなみに、アメリカには、野外でバーベキューが出来るようにテーブルとコンロが備わっている公園がたくさんありました。 特にテネシー州は、TVA計画で作られたダムが数多く点在していて、それを利用したピクニック・エリアが多かったです。

チャコールと食料を持参して、家族や友達同士が集ってお肉や野菜を焼いてピクニックをするのがテネシーの人々の一般的な休日の過ごし方のようでした。 

炭火で焼いたお肉を自然に囲まれて食べる気分は最高!! 自然の中で、大勢で、ワイワイ賑やかに食べると、それだけで食欲も増すと言うもの。日本にも、こうしたピクニック・エリアが増えるとよいのにと思いました。 最近は、オートキャンプが盛んになり増えて来てはいる様ですが、、。

バックヤードでピクニック

TOSHITAKAの一時帰国も無事に乗り切り、Knoxvilleにも秋が訪れ、紅葉の美しいシーズンになりました。 

この季節、所属していた研究室の教授のお宅に学生が招かれるピクニックパーティなるものが催されました。

閑静な住宅地にあるお住まいの裏庭(バックヤード)での、堅苦しさの全くない気楽なパーティで、バトミントンをしたり、いくつかのグループに別れてお喋りしたり、みんな思い思いに楽しんでいました。(ハンモックもつるしてあって、それに寝そべっている人もいたよ)

全部で60人くらいのゲストを招いてのパーティなので奥様のご苦労は大変だったと思います。 教授の奥様が日本人だった関係で、研究室の日本人が何人か手伝いに伺うことになり、私も猫の手くらいなのでしたがお手伝いをしました。キャセロール、サラダやゼリーなどなど何種類ものお料理を準備されていて勉強になりました。

こういったパーティに限らず、アメリカでは、それぞれが互いに紹介しあい、自己紹介というものは一切なし。 飲み物にしても自分の好きな物を好きなだけ飲んで「お酌」などいうものもない。 日本のように一気飲みを強要されることなど皆無である。 お酒にしても、飲めない人に、飲め飲め言うのは「いじめ」に繋がりますよねぇ。 

これは、とても良い習慣だと思う。

何かの集まりがあっても、自己紹介だけで時間を取られ自由に話せる時間はわずか、というのではお互いに深く知り合えない。 この人とは気が合いそうだなと思ったら、個々に自己紹介などしてアピールすれば良いと思う。 日本人は情報の共有化をしないと落ちつかないのかなぁ。(^_^;)

 

冬休み旅行はキーウエストへ

11月末のThanksgivingのパーティには、またまたW教授の家に同じ研究室の研究員の方々と一緒にお招きを受け大きな七面鳥を食べました。そのとき必ず一緒に添えられるというクランベリーゼリーを初めて食べました。こちらではポピュラーで缶詰やインスタントの物が売られているそうな、、。 真っ赤な色で綺麗でした(^_^;) パーティには必ずパートナー同伴、これは日本と違いますねぇ。 12月も半ば過ぎると雪が積もり昼間も氷点下に。本格的な冬の到来です。雪が積もって溶けないと、凍ってしまってアイスバーン状態に、、、、それで車が滑って事故になるケースが頻繁にありました。TOSHITAKAも道路の状態が悪いので午前中家にいて仕事をし午後から大学に行くこともありました。 町はクリスマスのデコレーションでとても華やかな雰囲気になります。 クリスマスは家族で過ごすのが習慣で教授や学生さんたちも休みで、それぞれ故郷に帰っているのか、キャンパスは閑散としてます。 いろいろお世話になっていた同じアパートの日本人のご家族が帰国されることになり、不要になったお皿や鍋などいただきました。 寂しくなるなぁ。(T_T) 私たちは帰国するまで、あと一年半、休みを利用して、あちこち旅行しなくちゃってことで、フロリダ半島をまわる計画を立てた。12月26日から1月1日の約1週間の予定です。

 

フロリダ半島へ出発

12月26日の早朝、冬休みフロリダ半島一周旅行へ旅立つ。

どこまでも続くハイウェイを飛ばし、アトランタ経由でアメリカで最初にできた町セントオーガスチンへ向かう。

ここはスペイン人が港として使っていた町で石造りの城塞があち大砲も残っていた。なんだかタイムスリップしたような気分に、、、。

それからアポロ宇宙飛行で有名なケネディスペースセンターのある、ケープカナベラルへ向かう。 巨大なロケットの打ち上げ台がいくつもあってそれを見て周り宇宙へ想いを馳せる。

ビジターセンターにはアポロやロケット関連の展示物があり、宇宙飛行士の姿をした観光客用のキャラクターさんが居たので一緒に写真を撮った。

   

そして、一路南下してデイトナビーチ。 ここは砂浜が固くて車で走っても大丈夫なところ。波打ち際間近を車で走るのって爽快な気分に、、。 でも、塩風が怖くてあとで洗車しました(^_^;)

いよいよ 憧れのディズニーワールド!! ミッキーの縫いぐるみを買うんだもんね。

 

感激、あこがれのディズニーワールドへ

いよいよ夢にみていたディズニーワールド!!(20年前は日本にはTDLはなかったのでした。)

1日では周りきれないかもしれないので two days pass を買い入場。 シンデレラ城が真正面に見え、おとぎの国のようだった。 丁度クリスマスシーズンだったので、デコレーションが綺麗(*^_^*) 胸ワクワクのTOMOだった~。

カリブの海賊、ジャングルクルーズ、ビッグサンダーマウンテン、スモールワールドなどなど、いろいろなアトラクションに乗る。

日本のTDKにはないが、潜水艇に乗って海底を探検できるアトラクションがあり面白かった。

1日中目一杯遊んで夜はエレクトリカルパレード! イルミネーションが綺麗でファンタジーあふれる世界だ。 もう満足、満足!!

翌日、乗っていないものに乗って、お土産を物色。 こまごま小物を買い込んだが、TOMOは大きなミッキーの縫いぐるみが欲しかったのでTOSHIにお伺いをたてると、”いいよ!” とのことだったので、一番大きいのを買う。

TOSHIはこんなに大きいの買うのか(+_+)とびっくり。透明のポリ袋に入れてくれたので持ちかえるのが恥ずかしかった。大きいミッキーの縫いぐるみを担いでいるTOMOを見て振り返る人もいた。 

いつかは行ってみたいと思っていたディズニーの世界に行けて、もう大満足のTOMOでした。(*^_^*) 今思い出だしても懐かしいなぁ(*^_^*) 私が訪れてからこのディズニーワールドには新しいテーマパークが次々と誕生したらしい。 また行ってみたいな。

ウウウ、若いなぁ~二人とも(^_^;)

 

みんなに笑われて、、(T_T)マイアミビーチ

ディズニーワールドを満喫し一路南下。 マイアミビーチへ。

南に向かっていくうちに、だんだん気温も高くなりこれだったら泳げるかもねぇ、水着を持ってこなかったね(^_^;)と話す。

1面の白い砂浜にやしの木がトロピカルムードたっぷり。 季節的にはピークではないのか、ビーチに日光浴したり砂遊びしている人影がぽつりぽつり。 これはやっぱり泳がなくちゃと水着とフロートを買ってビーチに繰り出す私たち。

TOSHIがフロートで遊ぶのに飽きたので私が代わってみたら、難しくてなかなか乗れない(^_^;)。 「沖のほうに出てから乗らないとひっくり返るんだよ」とスゴスゴ帰ったら言われた。

浅瀬でひっくり返っている私をみて笑っていたらしい!! だったら教えに来てよ(+_+) おまけに TOSHIが笑っていたので周辺の人も注目しだし、一緒に笑っていたらしい。

ムカ!! 

(この時の光景が目に焼き付いているらしく、いまだに時々からかわれる(-_-))

シーズンでないせいもあるのかもしれないが、ビーチはとても静かで綺麗だった。 日本のように海の家なんぞもなくて更衣室とトイレがあるだけ。 シンプルだが清潔だったし、、、。

ゆっくり日光浴を楽しんでから、マイアミを後にして、エヴァーグレーズ国立公園に入った。

蚊の大群が、、、エバーグレイド国立公園

亜熱帯の自然が残っている国内最大の国立公園で、珍しい種類の鳥やマングローブの森、Game Fish ワニなどが生息している湿地帯です。

シニックボートツアーがあったのでそれに乗ってマングローブの「森を抜けていくとワニが泳いでいる姿を発見! 見た事もない鳥もたくさんいた。 遊歩道もあったのですが、突然蚊が襲ってきてたまらず車に避難。 普段人が来ないのか待ってました~(^_^;)とばかりに、まとわりつかれて怖いくらいだった。 蚊にさされて変な病気にかかっても怖いので、車に避難。 虫除けスプレーを持っていなかった私たちは、早々に公園を後にしたのでした。(-_-)

とりあえず、予約をしてあったHoliday-inにチェックインしたのですが、値段の割にはあまり良くない! それでトリプルAのガイドブックで安いところを探し明日はそちらに泊まることにする。

前にも夏の冒険旅行で書きましたが、このトリプルAは、旅行するものにとっては強い味方です。 旅行のルートを言うと”Trip Tip”というのを作ってくれます。これは目的地までのマップを、その道順にめくって見られるもので重宝しました~。 街を通りぬける時の最適のルートを示してくれるので慣れない道でも大丈夫。 アメリカ滞在中はお世話になりました(*^_^*)

続く

 

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